本家いなてい

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野中広務さん(元・自民党幹事長)、他界

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かつて自民党幹事長として活躍されていた野中広務さんが、本日他界されました。

 

92歳でした。

 

 

 

政界を裏で操る「影の総理」

 

www3.nhk.or.jp

 

この野中広務さんですが、自民党の中では革新リベラル系の人でした。その思想ゆえに、自民党支持層からの人気は必ずしも高いとはいえない面もあります。

 

自民党では幹事長や官房長官を歴任。自社さ連立政権や自自公連立政権を実現させるなど、「影の首相」とも言われる存在でした。

 

 

 

「反・小沢一郎」から一転、「ひれ伏してでも」

 

www.asahi.com

 

自社さ連立の村山富市政権では、国家公安委員長として入閣。地下鉄サリン事件の指揮にあたっています。

 

自社さ連立が崩壊すると、今度は自自公連立を主導。敵対する小沢一郎さんと、一転して手を結ぶに至りました。

 

この時の、「ひれ伏してでも」という一言はあまりにも有名。

 

 

 

小泉純一郎内閣で首相と対立、引退へ

 

この野中広務さんですが、幹事長時代に発生した「加藤の乱」の鎮圧を主導しました。

 

「加藤の乱」というのは、加藤紘一さんが森喜朗総理大臣の不信任案を可決させようとして失敗し、失脚した事件のことです。

 

しかし、その後加藤紘一さんのライバルともいえる小泉純一郎さんが台頭。小泉さんと激しく対立し、小泉支持に回った議員を「毒まんじゅう」と表現。これは流行語大賞にも選ばれています。

 

結局、小泉純一郎さんと対立した人はことごとく失脚させられ、離党や引退に追い込まれています。この時、野中広務さんも引退に追い込まれ、政治家としての活動は終わりました。

 

ただ、政治家引退後も一定の影響力を残していました。